第66回富士宮駅伝大会 ~男磨き~
昨日、診療が終わり、ユー(戸塚先生)の車でJR藤枝駅へ直行。
午後5時13分の電車に乗り、JR静岡駅でワイドビューふじかわ11号に乗りかえると午後6時21分にJR富士宮駅に到着する。
毎年のルーティンである。
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桑原歯科医院駅伝チームの桑原総監督がとってくれたJR富士宮駅から一番近い富士急ホテルに入った。
今年は8名がこのホテルで前泊。
全て総監督持ちである。(男気ジャンケンで勝った訳でもないのに・・・・・・・・・・凄い男気である。)
午後7時から鈴木勇さんと近くの居酒屋で前夜祭。
今年は体調の関係で鈴木一先生がいないことを除けば、これもまたルーティーンである。
若干、飲み過ぎてしまった。
ホテルは乾燥するので、対策としてマスクを着用し午後10時就寝。
朝5時に起床し、外を見ると雨。
ゆっくりと風呂に入り、6時30分に朝食。
カレーライス2杯とゆで卵を頂いた。
エネルギー充電完了!
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午前7時40分、何時もの場所でいつもの時間に桑原歯科医院Aチーム6名、桑原歯科医院Bチーム6名が集結。
北は千葉県、南は滋賀県より集まった桑原総監督を慕うチーム桑原のメンバーである。(1名は監督会議代理出席のため写真は11名)
揃った所で集合写真撮影。
これまたルーティーンである。
富士宮駅伝は今年で第66回となる大変伝統ある大会である。
1~3区は山登り、4~6区は山下り。
私は、桑原歯科医院Aチームの3区。
初の3区である。
3区は標高差174メートルの山道5.2キロを駆け上がる上りの最終区である。面白そうな区である。
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さて、今年初参戦の安本ちゃん(九州歯科大学の後輩で今年4月に焼津市で開業予定の安本先生)と1区のスタート地点に移動。
生憎の雨、しかし、暖かいので走りやすそうだ。
安本ちゃんは、桑原歯科医院Bチーム3区。
バスで3区のスタート地点(第二中継所)に一緒に移動。
8時30分には到着していたので、スタート予想時刻11時まで2時間30分の待ちである。
アップを始めている若人を尻目に、体力温存のためひたすら、しゃべりながらじっとする作戦。
GARMINの時計を見ると10時。
1区のスタート時刻だ。
我がAチームの1区は桑原総監督である。
まだ1時間もあるので、写真撮ったりしながら、暇つぶし。
写真を見ると分かる通り、周りにはほぼ誰も居ない。
みな、アップをしているのだ。
我々おじさんには、そんな体力はない・・・・・・、いや違う、そんな無駄な事はしない・・・・・・・、それも違う、厚着をして体を温めているのだ・・・・そ~~これがおじさん式省エネアップである。
そ~~ゆ~~事にしておこ~~。
1区は5.4キロ(高低差101M)、2区は4.9キロ(高低差90M)、3区は5.2キロ(高低差179M)。
1,2区合計で10.3キロの上りなので、60分かかると予想。
10時スタートなので、10時50分に上着を脱いで、10時55分に道を渡って選手待機エリアに移動する計画を立てた。
予定通り10時50分に道の右側に移動。
まだ5分あるので、トイレに行くと伝え安本ちゃんの元を離れた。
トイレを済ませ戻って来る途中、私の耳に・・・・・・・な・な・なんと・・・
「67番」のコールが入った。
67番は安本ちゃんだ。
ダッシュで安本ちゃんの元に行くと、まだ道を渡っていないではないか・・・・・・・。
「安本ちゃん、来たよ~~~!」
慌てて道を渡る安本ちゃん。
何とか間に合ったようだ・・・・・・フ~~~~!
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時計を見ると10時53分、予想以上に早かった。
私のAチームは、私の予想通り11時ちょい過ぎに来てくれた。
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上りの5.2キロ、目標タイムを25分と決め、最初の平坦な道は4分30秒/Kmペースで進む。半分の2.6キロ地点に中間点の看板が。その辺りから私の大腿四頭筋が喜び始めた。同時に私の肺も喜び始めた。
沿道では、ひっきり無しに、「桑原せんせ~~~!」というチーム桑原応援団の声援が・・・・・・。
声援には笑顔で応えるのが必須条件だと監督から言われているので、出来得る笑顔で、声援の聞こえた方向の手を上げ、「ありがとうございます。」と返事する私。
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ラスト1キロ、ラストの頑張り所である。
息が最も苦しい所で、左前方から黄色い声援が・・・・・・・
「桑原せんせ~~~、頑張って・・・・」
声は出せない、いや出ない、手を上げるのが精一杯。
その声援の真横で左手を僅かに上げて応えた。
左後方で、ドップラー効果で音声が変わりながら、私の耳に入ったのは
「あの人、本当に桑原先生?」
・・・・・・・私は桑原先生じゃないんです、すみません・・・・でも、桑原歯科医院は全区間桑原先生が走る訳ではないんですよと思いながら、何故か笑ってしまった。
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しかし、桑原先生のファンの多さにびっくりした。
人柄であろう。
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見倣いたい・・・・・。
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結果は25分1秒。
目標の25分に1秒足りず・・・・・・・・悔し~~~~結果となった。
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さて、ゴール後、安本ちゃんと豚汁をもらいに行くと、ゼッケンを見て
「桑原先生のチームね。」と具を足してくれた。
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何とも得した気分になった。
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さて、バスでスタート地点に戻ると、4区のユー(戸塚先生)が居た。
ユーは、昨年の島田フルマラソンで右膝を痛めてしまい、それ以後3キロ以上走る事ができない状態での参加。
4区は下りの6.8キロ、最長区間である。
心配していたが、ユーの笑顔を見た瞬間、何を聞かなくても分かった。以心伝心である。
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ユーをねぎらいツーショット。
今は、昨日までの痛みが嘘の様に、全く痛くないと・・・・・・・。
ここ一番で分泌されるアドレナリンの効能であろう。
さて、富士宮駅伝の本当の楽しみは、これからである。
まずは、みんなで銭湯に行き、汗を流し、露天風呂に浸かりながらレースの話で盛り上がった。
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そして、全て桑原総監督持ちの大宴会のスタート。
そして、皆にお土産が振る舞われた。
桑原先生流、男気おもてなしとでも言うべきだろうか。
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ビールで喉の渇きが癒えた所で、ポン酒タイムである。
日本酒は、毎年、名古屋の川辺先生が差し入れてくれる。
今年も地元愛知県の美酒を持ってきてくれた。
血中アルコール濃度が程よくなって来た所で、忘れない内に・・・・記念写真。
主催者であり総監督の桑原先生、そして桑原先生がやんちゃだった学生時代に同じくやんちゃであり気があったのだろう同じ匂いのする同期の川辺先生に挨拶。
「桑原先生、何から何まで、ありがとうございました。川辺先生、美味しいお酒をありがとうございました。」
今日も、桑原先生から男気談話を沢山聴くことが出来た。
これが私の一番の楽しみである。
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桑原先生と酒を酌み交わす時間、〝男を磨く” 時間、これこそが私にとっての富士宮駅伝である。
今日も沢山の男気、頂きました。
さて5時を過ぎると、恒例の儀式が待っている。
儀式に使う〝あみだくじ” を作成する総監督。
集計が終わり、大会結果が出る時間である。
あみだくじで見事当った人が、市役所までタクシーを呼んで取りに行く儀式である。
このタクシー代、これだけは、当った人が支払うことになっている。
ゲームである。
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今年の福男は、Kさん。
100キロマラソンも出ているアスリートである。
カメラを向けると、何故かフレームに入って来るおちゃめな川辺先生。
暫くすると、Kさんが大会結果を持って帰って来た。
いよいよ結果発表。
ちなみに昨年は239チーム中、203位と229位。
ビリになったらチーム桑原解散!を合言葉に存続しているだけに、結果は気になる所である。
「206チーム中、桑原歯科医院Bチームが164位。」
お~~~~!!どよめきが起こった。
富士宮駅伝でのこの結果は称賛に値する。
「桑原歯科医院Aチームは、194位。」
お~~~~!またもやどよめきが・・・・・・・。
両チーム200位以内ではないか。
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私の個人成績は、昨年と同じく125位。
まずまずである。
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ちなみに、1位は箱根駅伝にも出場した東京農業大学であった。
箱根選手は別格である。
そんな選手と同じ土俵で走られるだけで光栄なことである。
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さてチーム桑原の個人成績の最高位は、昨年同様、鈴木勇さんであった。
先週は別府大分マラソンで2時間47分台を記録した我がチームのエースである。
42.195キロを1キロ3分58秒で走ると2時間47分になる。
3分58秒/キロと言っても、走っている人しかこの凄さは分からないと思うが、凄い速さである。
アンカーの6区で、な・な・なんと53位である。
アンビリーバブル!だ。
この大会での区間53位は、まさにアンビリーバブル!
宴会後は、勇さんとユーと3人で富士駅から新幹線で帰宅。
余韻覚めよらぬ中、缶ビールで乾杯!
昨年の勇さんは、熟睡?泥酔?で浜松駅を乗り越し終点まで行ってしまったようなので、今日は、浜松駅で降りると元気な言葉を貰い、静岡駅で別れた。